Dream Japan

Vol.16:
"Mandela Day"
    -
 (マンデラ・デイ)  

(2014/01/26)

「平等」を唱え、27年間牢獄に投獄された市民活動家がいた。苦悩と孤独の中、困難を乗り越え、その人物は後に大統領になった。ネルソン・マンデラその人である。

収監中の重労働で結核になり、目に障がいを煩ったが、通信教育で法学士の単位を取得した。

アパルトヘイトという人種隔離政策により白人と隔離され、居住区を制限されていた黒人・有色人種にとって、反アパルトヘイトの旗頭として活躍し、終身刑を言いわたされたマンデラの存在は大きく、国連も2009年には7月18日をネルソン・マンデラ・デーとすることを発表した。

その彼は2013年12月5日、95歳で生涯を閉じた。アメリカ公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キングJr、インド独立の指導者マハトマ・ガンディーらと共に称されるであろうマンデラは、恩赦による釈放後にアパルトヘイト撤廃という偉大なる功績を残し、他界した。

人の評価というものは、その人の死後によく分かるものである。生前は絶対的な権力を握っていたであろう暴君ネロしかり、ネルソン・マンデラしかりである。

彼の名言には以下のようなものがある。

「報復するよりも慈悲をかける方が、この世界ではより多くのことが成し遂げられる」

・"You will achieve more in this world through acts of mercy than you will through acts of retribution"

「私を成功で判断するのではなく、何度失敗し、そして再び立ち上がったかで判断してほしい」

・"Do not judge me by my successes, judge me by how many times I fell down and got back up again."

「スポーツはそれまで絶望しか存在しなかった場所に希望の光を灯す」

・"Sport can awaken hope where there was previously only despair."

「後方に控えて指導する―そして、先頭にいるのは君たちだと信じさせるのだ」

・"Lead from the back and let others believe they are in front."


日本では某ドラマで、"倍返し"という言葉が流行ったが、マンデラの思想はまったく異なる。スポーツや、ゲームの中で敗北者が次に勝利する上では、確かにリベンジは通用するが、 人類の尊厳においては、"mercy"(慈悲)の方が価値があると説いている。

また、成功で判断するより、失敗から立ち上がったことを判断してほしい、という言葉も心に響く。

失敗をすること自体はよいことではないだろう。しかし、失敗をしたことがない人などいない筈で、努力が足りなかったり、分析が足りなかったり、技能が足りなかったり、あるいは運に恵まれなかったりといった要因を追求し、”再び立ち上がる”ことこそが重要であろうというのだ。

上記ではスポーツについても言及しているが、一体、マンデラと何の関係があるのだろうか?

2014年はブラジルW杯の年であるが、2010年のW杯の開催地はどこであったか忘れたであろうか?

そう、南アフリカW杯招致に尽力したのもマンデラであった。彼の死に「私のヒーローだった」と述べたペレや、ヤヤ・トゥーレ、クリスチャーノ・ロナウド、ラダメル・ファルカオ、ロベルト・バッジョ、フランコ・バレージらも追悼の意を表した。

スコットランドの人気大御所バンド、シンプル・マインズはマンデラの釈放が発表された89年に「マンデラ・デイ」という曲を発表した。国連はそれから実に20年後に本当に「マンデラ・デー」※を制定し、彼がアパルトヘイトと闘った67年にちなみ67分、誰かの幸せのためによいことをしようと呼びかけている。

(※国連のオフィシャル発表では「デー」と表記。)

シンプル・マインズはスコットランドを代表するバンドで、アイルランドを代表するU2と同じく、社会的なメッセージを多く含んだ楽曲や、欧米のヒットチャートの上位に位置する名曲も残してきたバンドである。

全英米NO.1に輝いた「ドンチュー」、「アライブ&キッキン」などのヒット曲で人気も博した。

マンデラの釈放の背景には、「ウィー・アー・ザ・ワールド」("We are the World")などでアフリカの飢餓を救済したマイケル・ジャクソンやクインシー・ジョーンズらのムーブメントも影響しているが、それ以前にU2と同じアイルランド出身のボブ・ゲルドフが 全英のポール・マッカートニー、スティング、フィル・コリンズ、デビッド・ボウイ、ワム、デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、U2らといったミュージシャンを集め、バンドエイドを結成し、「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」(Do They Know It's Christmas?「彼らはクリスマスを知っているだろうか?」) を全英からのチャリティ・ソングとして発表したことがUSに飛び火したことも少なからず影響している。

スティーヴ・ヴァン・ザントは、元ジェネシスのピーター・ガブリエルが作曲した南アフリカの反アパルトヘイト・アクティビスト、スティーブ・ビコが拷問での脳挫傷によりわずか30歳で生涯を閉じたことを追悼した「ビコ」を聞いて感動し、「サンシティ」をブルース・スプリングスティーンらの協力の下に賛同するアーティストを集めて作曲した。マイルス・デイヴィス、ボブ・ディラン、リンゴ・スター、ボノ、ルー・リード、Run D.M.C.、ピーター・ガブリエル、ピート・タウンゼント、ジョーイ・ラモーン、マイケル・モンロー、ホール&オーツらが参加し、反アパルトヘイト・ムーブメントを加速させた動きもあった。

そういったメジャーで人気のあるミュージシャンたちの支援もあり、機運が高まった中で白人であり後にマンデラと共にノーベル平和賞を受賞したデ・クラーク大統領が、マンデラを後継者に指名し、国民の圧倒的な支持を得て、マンデラ大統領が誕生し、遂にはアパルトヘイト政策が撤廃された。ボブ・ゲルドフとU2のボノはその後も、当時のクリントン大統領らに駆け寄って、アフリカの借金を半額にする活動を行ったりもしていった。

そして現在は、アメリカでも、有色人種であるバラク・オバマが大統領に就任している時代である。


"It always seem impossible until it's done."

「何事も達成するまでは不可能に思えるものだ」

マンデラの言葉には27年の「平等」を求めた牢獄での苦難の重み、95年の生涯の重みがある・・・。


・"Mandela Day"


・"Biko(cover)"


・"Don't You(Forget about me)"


・"Alive and Kicking"


・" Stand By Love"


・" Sun City"/Artists United Against Apartheid


・"This is your land"


・"Let there be love "


・" (You can )See the lights"


・"Biko"/Simple Minds & Peter Gabriel


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◆"State-of-the-Art Point":

"Mandela Day" - 「マンデラ・デイ」 

        

マンデラは27年の苦難の中で対話と協調が如何に重要かを悟ったのであろう。

時には蓮の花に座したブッダのように、非暴力、不服従運動で無言の抵抗をしたガンディーのように、十字架に架けられたイエスのように。

しかし、マンデラのように大きな慈悲をもてる人物は残念ながら、少ないだろう。

時に人は異なるアプローチをしがちである。

暴力、権力による制圧、理不尽な圧政・・・。

暴君ネロは多くの人を惨殺し、殷の帝辛は心臓をえぐり、アウシュビッツでユダヤ人を虐殺したのはアドルフであった・・・。

しかし、一見、一時的に制圧したかにみえたその後の死後の彼らの評価は全く逆のものとなって語り継がれていったのが真実だ。権力とは、実に盲目なものである。

対話を重視したマンデラの行動を称えたシンプル・マインズらであったが、一方で同じミュージシャンでも、アプローチが違ったが、2013年のロックンロール・ホール・オブ・フェイムで殿堂入りしたのがパブリック・エネミー(P.E.)だ。

映画監督スパイク・リーらと共にアートの新ジャンルを確立し、ラップの歴史を革新的なものにした彼らだが、ある種の強烈な個性で、チャックD、フレイバー・フレイブのクールなフロントマン2人と、ターミネーターX、プロフェッサー・グリフらサウンド・クリエイターが音楽に厚みをもたらせた。

当時、ラップは全盛を極め、”Raptism”をうたった彼らの前衛的な音楽の功績は大きく、レニー・クラヴィッツをもってして「ロックンロールは死んだ」とまで言わしめたが、その後、ラップの殿堂ではなく、ロックの殿堂でRun D.M.Cらと共にラップの進化の功労者の代表格としてP.E.が表彰されるというのもアメリカン・アートの度量の広さを感じさせられた。


"Fight the Power "


"Don't Believe the Hype "


"911 is a joke "


"Bring the Noise "


"What kind of power we got? "


"Rock 'N Roll is Dead "/Lenny Kravitz

前衛、革新で突き進んできた彼らの中でも、フレイバー・フレイブのスピーチが特に面白かった。

「この世にブラックもホワイトもイエローの差別もない。ただひとつ、ヒューマン・レース(人類)が存在するだけだ!」

表現の仕方は全くことなるが、マンデラのそれとほぼ同じ根幹の思想をもっているのである。

「サンシティ」に参加し、マンデラと同じく、2013年に死去したミュージシャン、ルー・リードは、公園や、動物園や、映画館に愛する人と行くような日のことを”パーフェクト・デイ”という曲にした。


"Perfect Day"


"Walk on the Wild Side"


"Satellite of Love"/U2


"Perfect Day"/Duran Duran


マンデラと同じくして、2013年には日本のスポーツ界でも川上哲治氏というV9の偉大な監督が死去した。

当時では斬新で、効率的な勝利のための戦術を駆使した先駆者であり、ONらスーパースターのいる中でややもするとバラバラになりがちなチームをまとめ、人心掌握術にもたけていた。

V9の原型はドジャース戦法といわれるスピードを駆使した野球だが、ヤンキースらに比べて戦力の劣るドジャースが、シーズン初の100盗塁超え(104盗塁)を達成した俊足モーリー・ウィルスとコーファックス、ドライスデールという2枚看板投手を使った効率の良い勝利方法を活用したことを参考にしたといわれる。 ドジャースは、白人以外の有色人種がメジャー・リーグで活躍するきっかけをもたらしたジャッキー・ロビンソンの在籍した時代にも彼の俊足をいかしてヤンキースを倒し、初のワールドチャンピオンになった。

ONコンビが確固たる地位を確立する以前は、読売ジャイアンツも今で言うスモールボールや、効率的な勝利のための戦法を多く取り入れようとしていた。

ヤンキースは、ベーブ・ルースらレジェンドの背番号の並ぶ「モニュメント・パーク」にマンデラの功績を称える記念碑を建てることを発表した。式典は、4月15日のジャッキー・ロビンソン・デイに行われる。


また同じ日本で偉大なるミュージシャン、やしきたかじんさんが2014年1月3日になくなった。

ユニークな言動で、特に関西の人や交流のあった芸能人、有名人に絶大な人気があり、浪速の視聴率王とも呼ばれた。

しかし、たかじんさんを単に歌手として表現する人はいない。ユーモアあふれる奇想天外な言動もあって、芸能人の好きな芸能人であったことは間違いないが、その音楽は愛を表現した純粋なものが多く、実に人間味に溢れる人であった。


"あんた"


"やっぱ好きやねん"


"東京"

シンプル・マインズも、"Let there be love"の中で、"”Love will conquer anything”(愛は全てを制する)と歌っていた。

マンデラが教えたかったことも、こういった偉大なるアスリート、アーティストたちと同じく、人への、人類への愛、慈愛の精神なのかも知れない・・・。




"Let there be love" live /Simple Minds


"あんた"/さんま&キムタク


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