Dream Japan

vol.11:
"Mick is Rock and I'm a Roll !"
    - 50th Anniversary of The Rolling Stones !
  ("ミックはロックでオレはロール!"
      - ザ・ローリング・ストーンズ結成50周年記念)

(2012/7/22)

The Rolling Stones - 現存する人類史上、世界でもっともBIGなロックンロール・バンドといっても過言ではないだろうこのバンドはついに50周年を迎えた。その偉大なるバンドの中心にいるのがミック・ジャガー(1943年7月26日生)とキース・リチャーズ(1943年12月18日生)だ!

ロンドン・オリンピックの開幕を飾るのがビートルズ(ポール)だとしたら、2012年のロンドンへの熱狂への閉幕は彼らが50周年ライブで締めることも”格”としては妥当とされる(実際はThe Whoが務めた)が、ロンドン郊外のダートフォード駅で1961年に偶然再会した旧友であるロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのインテリ、ミックとシドカップ・アートカレッジの学生だったキースが、ブライアン・ジョーンズという才能あふれるギタリストを入れてストーンズの核ができた。

当時は、ブルーズに傾倒する技巧派のギタリストだったブライアンがリーダーとなり、リスペクトするマディー・ウォーターズの同名曲からバンド名を決めた"The Rolling Stones"として1962年にスタートをきった。ドラムスのチャーリー・ワッツ、ベースのビル・ワイマン、ピアノのイアン・スチュワートらが加わりブライアンとキースのツインギターの6人組バンドとして編成された。

The Rolling Stones Official

1963年のデビュー曲はロックンロールの元祖ともいえるチャック・ベリーの"Come on"となり、カヴァー曲を中心にマーキーらロンドン界隈のクラブでギグを繰り返していたが、先行して人気を得ていたビートルズのギタリストであるジョージ・ハリスンから彼らのうわさを聞いたアンドリュー・オールダムをプロデューサーに迎え、1964年に12曲中9曲がカヴァーの"England's Newest Hit Makers(U.K.ではThe Rolling Stones)"というアルバムをデッカ・レコードから発表した。

この頃はリズムアンドブルーズに傾倒するブライアンと、ロックンロール色の強いミックとキースの音楽性が定まっておらず、カヴァーをすることで先人たちからヒントを得ていたのかも知れない。後にライブでも演奏される"Not Fade Away"がUK版でなく、US版には入っていた。

1965年には、ジャガー - リチャーズのコンビの共作として、"Satisfaction"が全米で大ヒット。"I can't get no satisfaction"という歌詞が社会に対する不満の代名詞としてUSの若者の心を掴んだ。

また翌年のアルバム"Aftermath"では全曲オリジナルで発売し 、シングル"Paint it Blck"(黒く塗りつぶせ)が大ヒットするなど、完全にストーンズ人気は軌道に乗っていった。翌年も"Ruby Tuesday"らをヒットさせており、ビートルズと並び、ブリティッシュ・インベイジョン(英国人の侵攻)と言われ、アメリカのマーケットの大半はUK出身の才能溢れるミュージシャンが占める時代が到来した。

しかし、67年のアルバム"Their Satanic Majesties Request"位から、メンバーのマリファナ所持やブライアンのLSD使用などの問題から逮捕騒動が続き、プロデューサーであったアンドリューは彼らの元を去った。"She's A Rainbow"などの名曲もあったが、彼らはセルフ・プロデュースという形でアルバムを最後まで仕上げたものの、リーダーのブライアンはこのサイケデリックなコンセプト・アルバムを大いに批判して音楽性の違いが明確になっていった。

また、ジョン・レノンがボーカルをつとめるビートルズの"All you need is love"にミックがコーラス参加したのはこの時期でもある。

1968年には名盤のひとつといえる"Beggars Banquet"を新プロデューサー、ジミー・ミラーを迎えて制作。

アルバム発表に先駆けて発売された"Jumpin' Jack Flash"は彼らを代表するシングルとして、また彼らがロックンロールの頂点に位置することをマーケットに知らしめた。

後にストーンズの代表曲となった"Sympathy for the Devil","Street Fighting Man",
"Salt Of The Earth"らの名曲が収録されたこのアルバムは、次の"Let it Bleed"と並び今でも称されている名盤となった。

しかし"Beggars Banquet""Let it Bleed"の合間にひとつの事件が起きていた。

それは初代リーダー、ブライアンの死である。ドラッグでの逮捕などもあったが、音楽面でもブルージーな方向にいきたい彼の意向よりもロックンロール色や新しい流行を取り入れることが多かったキースとミックの方向性に不満をもらしていた彼は精神面の不安から収録の参加が減り、遂には解雇され、後任にミック・テイラーが加わった中での急死だった。

未だに彼の死は、自宅のあるサセックスのプールでの事故死や自殺ではなく、他殺説も飛び交うなど、不穏な状態であるが、そのカオスの中で彼らは25万人を集めてハイドパークで追悼のフリーコンサートを行った。

1969年にシングル"Honky Tonk Women"のヒットをはさみ、アルバム"Let it Bleed"が発売され、"Gimme Shelter","Love in Vain","You Can't Always Get What You Want"にキースの初のボーカル作"You Got The Silver"などが収録された。

1969年12月6日にはUSのSFで、当時大きなムーブメントになったウッドストックのストーンズ版ともいえるオルタモント・スピードウェイ でのフリー・ライブを敢行したが、警備にカリフォルニアの暴走族集団"Hells Angels"を頼んだりと、急造ライブであったことから拳銃を持った黒人男性を"Hells Angels"が殺害したことを含む死者4名を出す惨事となった。

70年代に入ると、ストーンズの中心メンバーであったミック、キース、ビル・ワイマンがイギリスの重税を逃れ、フランスに移住

自主レーベルである"Rolling Stones Record"を設立して、キースの地下室などで作ったアルバム"Sticky Fingers"を発表した。

このファーストシングル"Brown Sugar"はNo.1に輝き、"Wild Horses","Dead Flowers"など後にGuns 'N Rosesが好んでカバーした名曲が収まっている。

翌年の"Exile on Main St."もキースのニースの地下室らで収録。"Rocks Off",キースのボーカルが冴える"Happy"などが入った2枚組アルバムであった。

73年にはファンキーなアルバム"Goats Head Soup"から、"Angie"が大ヒットし、日本での初来日公演も予約で完売となったが、逮捕歴から入国審査が通らなかった。翌年に"It's Only Rock'n Roll"を発売し、ロック路線に戻ったものの、ギターのミックが脱退し、フェイセズのギタリスト、ロン・ウッドとの距離が縮まっていった。

公開オーディションを行ったもののギタリストはかねてから親交のあったロン・ウッドに正式に決まり、アルバム"Black And Blue"が1976年に発表された。シングル"Hot Stuff"はかなりファンキーな楽曲で、カッティングや多彩なリズムパターンを持つロニーの加入で、メンバーは新しい楽曲作りのヒントを得ていくこととなった。78年に"Some Girls"がパンク、ディスコティークブームの中で発表され、"Miss You","Beast Of Burden"等のヒット曲が収録された。またこの頃、キースは初のソロシングル"Run Rudolf Run"を発表した。

80年に"Emotional Rescue"が発表されたが、そこでも"Dance"などの曲や、"Summer Romance","Emotional Rescue"等でダンサブル路線でロックンロールというより少し当時の流行を追った作品となっていた。

81年にはミニアルバム"Tattoo You"から、後に80年代の代表曲とミックも語った"Start Me Up"や"Waiting On A Friend"などが収録された。

83年には"Undercover"から、"Undercover Of The Night","She Was Hot","Tie You Up (The Pain Of Love)","Too Much Blood"などのヒットがあったものの、ミックは失敗作だと後に語っており、出来栄えに納得していなかったようだ。

これ以降、ミックとキースの関係が悪化し、ミックはソロアルバムの制作に取り掛かっていき、キースは「ポップスターになりたいのか?」と批判したが、84年頃からマイケル、プリンス、マドンナなどポップス路線と第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンと言えるデュランデュラン、ワム、カルチャークラブら若手UK勢の人気やMTVの台頭という新しい波の中で、ストーンズは"Dirty Work"を何とかパリで収録したが、キースの楽曲ばかりであり、ミックが消極的な曲作りへの参加状態でロンが代わりに楽曲を提供したり、Led Zeppelinのギタリスト、ジミー・ペイジがゲスト参加したりで、ミックのストーンズ離れや、徐々にストーンズ解散説も流れ出していた。

84年にはミックはスリラーブームを起こしていたマイケルと競演した"State of Shock"、85年には、デイビッド・ボウイと"Dancin' in the Street"を発表。"She's the boss","Primitive Cool"ら立て続けにスマッシュ・ヒットを連発してソロ活動を続けていた。

そんな状態の中でキースは"第3次世界大戦"とも揶揄したミックとの関係性にしびれを切らし、自身のバンド、"The X-Pensive Winos"(高いワインを飲む奴ら)を引っさげ、88年に初のソロアルバム"Talk is Cheap"を発表した。

本アルバムはロックンロールの元祖とも言えるチャックベリーのトリビュート映画の制作でキースが楽曲を提供する話があり急遽、バンドを結成したが、「そいつらが高いワインばかり飲む」ということでそれをバンド名にして、キースがスティーブ・ジョーダンとアルバムを仕上げた。"Take It So Hard","I Could Have Stood You Up","Make No Mistake","How I Wish"らロックンロールの名曲がちりばめられたアルバムで、筆者などはロックンロール史上でももっともクールなアルバムとして完全にキースの信奉者になったほどだ。

また、音楽評論家のクリス・トゥルーは「"Talk is Cheap"を聴けば、誰がストーンズの真の音楽的な有力者なのか一目瞭然である」と評している。

1989年にはロックの殿堂入りが決まり、ミックとキースの関係も雪解けが見られていき、ようやく"Steel Wheels"が発表された。

このアルバムはファーストシングル"Mixed Emotions"で、"お前だけが海をさまよっているわけじゃないぜ"という歌詞とともに彼らの友情、結束を改めて思い知らされたアルバムであり、ストーンズファンを安心させるロックンロール・アルバムとなった。

"Sad Sad Sad","Terrifying","Hold On To Your Hat","Rock And A Hard Place"らのロックソングにキースのボーカル曲、"Can't Be Seen","Slipping Away"らの名曲があり、90年には遂に日本にも来日して東京ドームで何と10公演をSold Outした!

ワールド・ツアーの前座にはGuns 'N Rosesらが起用され、ライブも絶賛の中、ストーンズは完全にロックンロールの王者の地位を取り戻した。

成功の後にしばらく休息をとったメンバーは、キースが"Main Offender",ミックが"Wandering Spirit"を発表したりと自由奔放な時間を過ごし、94年にアルバム"Voodoo Lounge"が発表された。

ベースはビルが脱退し、ダリル・ジョーンズが加わったが、本WEBサイト"Art Lounge"のネーミングにも影響を与えた"Voodoo Lounge"からは、"Love is Strong","You Got Me Rocking","Sparks Will Fly "らのロックな楽曲が続いた後、キースの最高に渋い"The Worst"がはじまる。後半は、"I Go Wild"や"Thru And Thru" ,"Mean Disposition"らで締めて前作の路線を継続した出来栄えのロックンロールアルバムとなり、95年にグラミー賞ベストロックアルバムを受賞した。

ライブツアー中に"Stripped"を発表し、ボブディランの名曲"Like A Rolling Stone"のカバーや過去のアルバム収録の名曲を収めたミニライブアルバム的な構成で日本でのライブ中の楽曲も入っていることから多くのストーンズファンを楽しませた。

97年には、"Bridges to Babylon"が発表され、ヒットシングル"Anybody Seen My Baby?"ほか、"Flip the switch"らとキースの"Thief In The Night","How Can I Stop"らが収録された。"Anybody..."のPVには若かりし頃の女優のアンジェリーナ・ジョリーも出演していた。

2005年には"A Bigger Bang"を8年ぶりに発表し、"Streets Of Love"のヒットや、キースの"This Place is Empty"、"Infamy"らが収録された。

2006年にはデトロイトで第40回Super Bowl、ハーフタイムショーに出演し、ブラジルのリオではコパカバーナビーチで無料コンサートを行い、実に150万人を動員した。

2011年にはミックは"SuperHeavy"というテンポラリーバンドを結成して驚かせたり、ストーンズは映画にライブ・アルバムなどを発表し、その後も精力的な活動を見せたが遂に2012年4月に結成50周年に至り、ロンドン五輪以降にスペシャルコンサートやニュー・アルバム発表など大きな発表があるという噂が流れている。(編集後記:実際には、ロンドンO2アリーナでの50周年記念ライブとベスト版”GRRR!”のリリースが発表された。チケットはオークションで300万という史上最高値をつけたと言われている。)


◆"State-of-the-Art Point":

"Mick is Rock and I'm a Roll." - 「ミックはロックで俺はロール」

キース・リチャーズがミック・ジャガーについて語った一言だ。

今やビートルズにジョンがいなくなってからロックンロールの王者の名を欲しいままにしているバンドの中心的存在であるキースの言葉にはカッコよさを超えた、畏敬の念すら、覚える。

ミック・ジャガーはロンドン大で経済学を学ぶインテリとして有名企業や政府への就職も考えていたのだが、ひとりのロックンローラー、キース・リチャーズとの出会いによって、ロックンロール・ボーカリストの第一人者としての地位を築くこととなった。

最近のUSチャートのヒット曲でも、ケシャの全米No.1ソング"Tick Tok"やマルーン5の"Moves Like Jagger"にも登場するなどレジェンドの代名詞と化している。

キースは大ヒット映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」でジョニー・デップがパイレーツの船長ジャック・スパロウの役作りのモデルとしてイメージし、何度も出演を断り続けたがジョニーの熱望によってその3作目では父親役で登場するなど、いまだに大人気である。

80年代には解散の危機にもたっていたが、80年代後半から90年代にかけて人気となったGuns 'N Rosesのアクセル・ローズやスラッシュ、イジーらが共通してリスペクトしたバンドとしてストーンズの存在があり、Aerosmithらと共に多くのミュージシャンのカバーと賞賛を受けている。

元々は不良、エグザイル(ならず者、無法者)といったイメージが強かったし実際に多くの問題を起こしてきたが、89年の"Steel Wheels"の成功以降、ロックンロールこそがストーンズの表現すべきものであることを悟ったかのようにヒットと成功を欲しいままにしている。

キースは、音楽的にはストーンズをリードする絶対的な存在であり、彼がいなければロックンロールの屋台骨がない音楽になってしまうことは、ミックのソロや、2011年のバンド、SuperHeavyでも明らかである一方、キースの2つのソロ・アルバムは見事にロックしている。

ただし、フロントマン、ボーカルとしてはミックの方がもちろん上であり、あえてリズム、メロディーよりディレイさせて歌う技術や、ライブパフォーマンスなどからミックのファンも多い。

その関係性を問われてキースが放った言葉は絶妙だったが、ここで彼らの代表曲と現在のベストソングを考慮してみよう!

1. Jumpin' Jack Flash
この曲のリフトといい始まりといい、カッコよ過ぎるこれぞロックンロール!

2. Sympathy for the Devil
ストーンズの魔術にでもかかってしまうかのような聴けば聴くほど渋い楽曲だ!

3. (I Can't Get No) Satisfaction!
ストーンズ初のNo.1。彼らが人気を博すきっかけになった曲だ。

4. Mixed Emotions
ストーンズ解散説を吹き飛ばし、感動すら覚えた『お前だけが海を彷徨っているわけじゃないぜ』などの歌詞のよい名曲だ!

5. Salt of the Earth
"You are the Salt of the Earth"というJesusのマタイ伝からの有名な言葉が使われている曲。
こちらはアクセル&イジーの共演版!

6. Miss You
ディスコティークな曲作りでストーンズが冒険しているのがわかる曲だ!

7. Love Is Strong
「愛は強い」-ストーンズが歌うと、説得力があるから不思議な90年代の"Voodoo Lounge"からの代表曲だ。

8. Brown Sugar
ストーンズの代名詞的なカッティングとリフの全米No.1ソングだ!

9. Honky Tonk Women
ブライアンの死、ミック・テイラー加入といった出来事を吹き飛ばすユニークな曲だ。

10. Hold on Your Hat
出だしのギターといい、キースが思いっきり暴れるぜ、と宣言しているようなこれも復活劇を印象づけた曲だ!

これ以外にも当然名曲は数多くあり、"Wild Horses","Ruby Tuesday","Paint it Black","Angie","Dead Flowers"などライブで人気の曲ばかりだ。

しかし、個人的には、キースの"Happy""Worst","Slipping Away"、ストーンズではないが、Winosの"Take It So Hard","I Could Have Stood You Up","Make No Mistake","How I Wish","999","Wicked as it seems"らも演奏して欲しい楽曲だ。"Key to the Highway"のカバーもカッコよ過ぎる。

ビートルズにもジョンとポールがいたように、ストーンズにもミックとキースがいる。それぞれに個性があり、カッコいいが、それらのソロ以上に1+1が2にも3にもなるケミストリーと言うのは科学的実験の結果以外にも本当に存在することをつくづく感じさせられる最高の"相棒"、"コンビ"なのかも知れない。

個性の結合が最高の集合体となったとき、50年も続く伝説的ロックンロールバンドを生み出すことも可能なのである。

これからもミックとキース、そしてザ・ローリング・ストーンズには、ロックンロールし続けてもらいたいものである!


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