Dream Japan

Vol.18:
"WBC 2013" - "The Fortune Banana"

WBC 2013 - "幸運のバナナ"

(2013/03/25)

第三回WBC(World Baseball Classic)が幕を閉じた。

メジャー選手不在の国内組のみで3連覇を賭けた「侍ジャパン」こと野球日本代表チームは準決勝でプエルトリコに敗れ、そのプエルトリコを予選から3度共倒したドミニカ共和国代表が史上初の無敗優勝、8連勝で初優勝を飾った。

これで第一回からの優勝国及び、ベスト4は以下のようになった。

 

               優勝    準優勝      ベスト4

・2006年第一回大会:日本   キューバ     ドミニカ、韓国

・2009年第二回大会:日本      韓国        アメリカ、ベネズエラ

・2013年第三回大会:ドミニカ  プエルトリコ  日本、オランダ


予選を含め計28の国と地域が参加して本選に臨んだが、前回優勝国の日本は予選を免除されて本選第一ラウンドの舞台となる福岡で3月2日(土)、第一ラウンド対ブラジル戦を迎えた。

4年の準備期間があったものの監督人事は決まらず、紆余曲折の上、広島東洋カープの黄金時代の4番打者として536本塁打を放った山本浩二氏が監督に就任した。広島市民球場を本拠地にしたとはいえ、29歳で初めて30本塁打超えと首位打者を獲ってからその後計4度の本塁打王に輝いた遅咲きのスラッガーとして活躍し、計5度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した人物だ。

指導者としては1991年に広島の監督として一度のリーグ優勝に貢献し、2008年には北京五輪代表守備走塁コーチとして4位の成績を収めた66歳である。

一方、初戦の相手ブラジルを率いたのは、シンシナティ・レッズで379盗塁、2340安打、ワールドシリーズ制覇1回、MVP1度、名手オジー・スミスと争いながらゴールドグラブを3度獲得した強肩遊撃手で、ショートストップ初の30-30(30本塁打、30盗塁)も達成したバリー・ラーキンだった。

1988年に日米野球でハーシュハイザー、マダックス、サンティアゴらと来日した際も、打率.476でMVPに輝いているメジャー史に残る名遊撃手だ。

日本は初戦から苦戦し、1番オルランドのバントヒットや3番レジナットの猛打賞などでスモールボールを仕掛けられたが、阿部の代打での二塁強襲打らで逆転し、5-3で辛勝した。

続く元オリックスのコリンズ監督率いる中国戦は先発前田健が5回を無失点で好投し、中田、内川、糸井らのタイムリーで5-2で勝利したが、次のキューバ戦先発が予想された昨年全て先発登板としてセリーグ最多勝の内海が格下中国戦に中継ぎを担うなど不可解な戦術が残った。

第3戦のメサ監督率いるキューバ戦は大隣が先発し、7番トマスに本塁打を打たれ、続いて田中も5連続三振は獲ったものの4番セペタに打たれ失点し、澤村も5番キューバリーグ首位打者アブレウに打たれ失点、今村も6番デスパイネに3ランを打たれるなど、森福以外の投手は全て失点し、3-6で敗れて2位通過となった。

8日(金)の東京ラウンド初戦の台湾戦は実に4時間37分の激戦であり、ハイライトシーンが何度もTV放映されることになった試合だった。

前回のファイナリスト、韓国代表を退けて勢いに乗る台湾は元ヤンキースのエース、王建民が先発し、一方の先発能見は先に1失点を喫する。その後も摂津、田中が打たれ、2-3で迎えた最終回も2アウトで四球の鳥谷が何と二盗を試みた。

陳投手のモーションが大きく、クイック・モーションでの投球スピードが1.4秒以上と日本の投手の平均1.2秒より遅いことから2アウトからでも走ると決めていたのが鳥谷と一塁緒方コーチだった。

結果的に見事に二盗を決め、続く絶好調井端のタイムリーで9回2死から同点になった。その後、10回に中田の犠牲フライで4-3で勝利したが、大きな議論を呼んだ今大会の日本代表のクライマックスと言えるゲームだった。

続くオランダ戦は勢いそのままに鳥谷、内川、松田、稲葉、糸井、坂本の6本塁打で16-4と快勝したが、オランダの投手陣も球が高く、おあつらえだった。一方、前田健がまた5回を零封という好材料があったがその後の内海がバレンティン、ジョーンズという大砲に打たれ、先発候補に不安も残った。

1位通過を賭けた日本は再びキューバを7-6で倒してきたオランダとの対戦となり、初回に大隣がシモンズに先制本塁打されたが2回に阿部の1イニング2本塁打らで10-6で勝利した。しかし、バレンティン、バーナディーナという主軸不在の中で6失点と打ち込まれた森福、山口、涌井に不安が残り、牧田、杉内に頼らざるを得ない駒の足りないリリーフ陣状態であった。

         

いずれにしても日本代表は準決勝進出が決まり、米国サンフランシスコでの決勝ラウンドに舞台を移すことになった。


◆"State-of-the-Art Point":

準決勝の相手プエルトリコは、人口僅か374万人のカリブの島であり、都道府県10位の静岡県並の人口の自治領だ。

ワールドシリーズを制覇したモリーナ3兄弟の3男、超強肩捕手、ヤディアが投手陣を好リードで率いているチームだ。

あまりの強肩に”ロケットランチャー”のあだ名も誇り、2012年は.315 22本塁打、2011年には名将ラルーサ監督の下、ワールドシリーズも制したカーディナルスの正捕手だ。

また、世界一SFジャイアンツのリードオフマン、アンヘル・パガンにカーディナルスで.269 32本塁打を打ち、日本では考えられない”2番”打者であるカルロス・ベルトランらも在籍している。

プエルトリコは日米野球で座ったまま二塁に投げて城島選手らにも影響を与えた強肩ベニト・サンティアゴ、サンディー・アロマーJr、また”パッジ(ずんぐりむっくり)”こと、311本塁打、2844安打のイバン・ロドリゲスという歴代最強捕手を生んだ捕手王国である。

中でもモリーナ3兄弟は、全員が捕手としてチャンピオンリングを獲得し、ヤンキース、レイズらで松井秀喜の同僚だった次男ホセも高齢ながら登録メンバーになっていた。

投手陣は主にメジャーの2軍に当たる3Aの選手が多いが、13度ゴールドグラブ受賞の”パッジ”に匹敵するヤディアという最強捕手が米国戦のロリンズをはじめ他チームの俊足選手を刺し、チームを牽引してきた。

さらにイチローの”憧れ”であったヤンキースの名センター、バーニー・ウィリアムズや、松井秀喜のヤンキース時代の元同僚、ホルヘ・ポサーダ捕手もプエルトリカンなのである。

そういった背景の中で、強豪との激戦を勝ち抜いてきたプエルトリコに対して、投打ともにメジャーから1ランク落ちる選手の多いジャパン・ラウンドの大会でさえ苦戦を強いられていた日本代表は、本来ならば打線が繋がらないことを含め、もっと警戒すべきであったが、オランダ戦の2連戦で爆発したことで多少の慢心があったのかも知れない。

練習ではサンフランシスコ特有の湾岸に飛び込む”スプラッシュヒット”を狙い日本の打撃陣は機嫌をよくしていたが、見事にヤディアのリードと先発のM.サンティアゴ、続くデラトーレ、そして左腕セデーニョらの低めのストライクゾーンから地面につこうかというほどボールになるコースを狙った投球に空振りを繰り返した。

試合については主に3つのシーンが勝負のポイントになった!

①初回のファーストストライク

立ち上がりで制球の定まらない前田健から2番ファルー、3番ベルトランが連続四球を選び、メジャーではシーズン打率.250ながらWBC好調のアビレースが先制タイムリーを放ったが、ファーストストライクの甘い球であり、積極的に打ちに来るラテン系の選手に対して不用意な投球となった。審判のストライクゾーンに違和感はあったが、国際大会での不利な判定はつきものであり、傾向をつかまねばならない中ではあるものの、明らかに不用意な甘いファーストストライクとなってしまった。

②7回のボール球の使い方

2つ目のシーンは7回無死一塁、再びアビレースに打たれランナーをためた状態で、WBC不振で6番になっていたとはいえ、シカゴ・ホワイトソックスでシーズン.304 25本塁打を打ったアレックス・リオスに2ランホームランを能見が打たれたシーンだ。

ファーストストライクの内角球をレフトに引っ張り飛球を飛ばしていたリオス。そして1球ボールのあとの1-1からのストライクゾーンに投げた能見のチェンジアップは抜けてど真ん中高めの絶好球となって左翼席に運ばれる2ランホームランとなった。

明らかな”失投”だったが、積極的に打つ傾向のあるリオスをボール球でつったり、初球のようなファウルを打たせてカウントを稼ぐことも出来たはずだし、得意なフォークの選択肢もあったはずだ。この”一球”の大切さは国際試合での経験がものを言うものであり、いくら好調とはいえ、日本代表初経験、昨年10勝10敗の実績の能見には厳しい授業料となった。これで0-3になったことで追撃体制だった日本はかなり不利な状況に追い込まれた。

③8回の重盗

そして最後の3つ目のシーンは8回裏、1死一・二塁のあのシーンだ!鳥谷の3塁打、好調井端のタイムリーの後に内川がヒットで続いて1-3の反撃体制で4番阿部を迎えた。

投手が左腕のロメロに代わる投球練習中に内川はベンチを見て何度かうなづき、一塁緒方コーチが二塁走者の井端に近づいて耳打ちしていた。例の”グリーンシグナル”(走れたら走れ)のサインの準備が行われていたようだ。

その中で二球目にドラマがおこった。スタートの構えを見せた二塁走者井端、一塁の内川もモリーナの肩を意識して猛ダッシュで二塁に向かった。しかし、井端は途中で走塁の姿勢を止め、一方の内川はそれに気づかず塁間でモリーナに追い込まれ、憤死してしまった。

「走れたら走れ」というサインはプロである選手の自主的な判断に任せたシーンなのかも知れないが、物議をかもした。

・4番阿部

・強肩モリーナ

・左打者で捕手が投げる三塁方向は空いているため、視界がよい

この状況であのサインはない、と多くのメディアから批判されることになったが、ベンチの根拠は、ロメロのクイックにあった。1.8秒とかなり遅く、あの鳥谷の走った台湾戦の陳投手の1.4より遅い。

しかし、井端はシーズンで生涯最高23は盗塁をしている選手とはいえ、以下の不安要素もあった。

・世界1、2を争う強肩のヤディアとの対決の中で、急造WBCチームで走塁の練習は充分ではない

・さらに井端は37歳で昨シーズンは4盗塁、4盗塁死で成功率5割、つまり日本のプロ野球の中でも2度に1度は失敗していた

この状況では、井端がよっぽど最高のスタートをきり、緩い変化球であるなどの要素がないと、盗塁死のリスクは高い。

さらに4番阿部である。無理をする必要はない。

また、内川が責任を感じて泣いていたが、前の塁の打者を見ないで”目をきった”というのは確かに痛いが、ヤディアの肩を考えたら最高のスタートをきったのはむしろ、内川だった。

日米通算651盗塁のイチローもその後のコメントで「走塁は難しい」と擁護していたが、最も難しい状況でベンチの曖昧な指示が曖昧な結果を導く確立を高めてしまったし、セ、パ盗塁王の大島、聖沢を落選させてひとり残した代走要員本多も使わなかった。井端がWBC好調で打率5割を超えていたから替えにくい、というのも一理あるが、それ以上にもう8回1死、あと4つのアウトでゲームセットの場面である。

9回は抑えのS.カブレラもいることからも、走るなら本多にしてでも走る、4番なので阿部に任せ、走らないなら走らないといった明確な指示が必要だった様に思われる。

「選手達はよくやった」と山本監督は称え、「敗軍の将、兵を語らず」の精神も潔ぎはよいが、それ以上に選手、野球ファン、そして国際大会で応援してくれた国民が「悔しい」と思ったのではないだろうか。

戦略担当橋上コーチは後日、「100%走れる。1球目を見て、タイムも、モーションも確認できた。」と語ったが、であればなおさら、ベンチのジャッジメント、監督の決断がチームの運営責任として問われてもおかしくない結果と残念ながらなってしまったからこそ、メディアも国民も騒ぎたてるのは止むを得ないだろう。

「走塁」がクローズアップされたこのWBC、決勝に進んだドミニカvsプエルトリコの試合でも、4番エンカーナシオンの右中間タイムリーで一塁走者のロビンソン・カノは一気に本塁まで帰還し、2点を先制していた。1点と2点ではプレッシャーも違う。

カリブの野球は一見、大味に見えるが今回はそういった優れた野球をやっていたドミニカが3度プエルトリコと対戦し、3度とも勝利していた。ドミニカも、プエルトリコも、きめの細かい野球をやり始めていた。

ちなみに決勝先制打のエンカーナシオンはダルビッシュがメジャー初被弾を打たれた相手であるし、カノは言わずと知れたヤンキースの松井の元同僚で、松井が主に5番を打っていた際は7番など下位を打っていたが、今や4番を打つこともある中心選手に成長している。

ダルビッシュやイチローらがいない初の大会であったのは確かだが、米国もバーランダー、ウィーバーらのトップ投手、MVP捕手ポージー、30本塁打49盗塁のトラウト、43本塁打のジョシュ・ハミルトン、30本100打点の常連、フィルダーらもいなかったし、ドミニカも2010年54本塁打のボーティスタ、昨年.321、36本、102打点のベルトレ、デビュー以来10年連続3割30本100打点の金字塔を成し遂げたプホルスらもいなかった。

さらにキューバも前回の主力のセスペデスとチャップマンが亡命しており、そういった点では”国内組”は言い訳にならず、チャンピオンではなくなった日本が残念でならないが、第一回大会後に王監督、第二回大会ではイチロー、さらにはアテネ五輪では長嶋監督が体調を崩したほど、国際大会は責任が重いからこそ、責任回避的なベンチの指示になったのやも知れないのであれば非常に残念だ。

あまり重たいことばかりいいたくはないが、批判がメディアから出るのは日本がチャンピオンであったからでこそであって、数少ない世界でNO.1になれるスポーツの”野球大国”であり、長年、欧米に勝る結果を残してきたブラジルのサッカーに匹敵するほどの自負があったから、そして「悔しい」からであろう。

一足早く3連覇を決めた女子野球日本代表と共に3連覇という夢は途絶えたが、いくら「侍ジャパン」とはいえ、”ハラキリ”にはならないし、実戦にブランクのあったベテラン監督や今の首脳陣と選手の最終選考が出た時点で世論の評価も「3連覇は厳しい」、だったのであるから、サプライズは起きなかったということだ。

プエルトリコ戦の「サンフランシスコの重盗」をはじめ、台湾戦の「9回2死からの盗塁」といい「走塁」に印象に残るシーンが多かったのは4年後のWBCに生かされることを願いたいものである。

それよりも筆者の印象に残った事がある。

それは、ドミニカの「幸運のバナナ」だ。すでにこれだけでお分かりの野球ファンもいようが、日本が決勝に駒を進めなかったために深夜枠で放送されてしまったが、その中で160キロを投げるドミニカの豪腕クローザー、フェルナンド・ロドニーはMVPこそカノに譲ったものの、8試合全てに投げ、9回に投球を開始するまでベンチにいて声を出し、踊り、何と、腰にバナナを据えていた。

どうやら彼曰く、「幸運のバナナ」だそうで、WBC期間中、ずっとバナナを持って、周囲の選手達をリラックスさせて踊っていた。

「野球」とは「武士道的精神論」、「プライド」、「緻密な組織論」の象徴のように日本では教えられるが、今回の勝者はラティーノ(ラテン系)らしく、踊り、騒ぎ、陽気にプレーを「楽しんで」いた。

春のセンバツ甲子園もはじまり、プロ野球も開幕するが、そもそも子供の頃は野球が「楽しさ」、「遊び」の象徴だった。

サッカーが長髪でもOKの学校が多いのに対して、野球はほぼ例外少なく短髪ときまっており、見ている大人にとってはすがすがしいのは確かだが、今でこそ論議になるが鉄拳制裁も辞さない厳しい上下関係に個性が強く型にはまれないで徐々に挫折していった若者たちも多かったのではなかろうか。

技能の向上はもちろんのことだが、世界一のドミニカチームやメジャーの選手の個性的なフォームを見ると、その「楽しさ」がまた、蘇ってくるのである。

また、陽気なドミニカンを支えた監督は、1986年に日米野球で来日し、落合選手を座ったままの送球で二塁で刺しMVPになったゴールドグラブ4度の名捕手、トニー・ペーニャであった。そういった凄さを知る落合氏や名将野村氏が監督をやっていたら・・・という話もまた蘇るであろうが、統一球問題にしろ、監督人事にしろ、4年の期間を次回は活かしてほしいものだ。

温厚なペーニャだが、ヤンキースの現役コーチでもあり、現役監督から拒否されていたNPBにもコーチから選出、という選択肢も「ドミニカン・ベースボール」がヒントを与えてくれたのではないだろうか。

そして日本で抑えのエースが試合の序盤にバナナを持って、ベンチで踊っていたら・・・と想像すると、考えられない価値観が世界には存在し、そのチームが今回の野球の国際大会のチャンピオンとなったのである。

ベースボールにはさまざまな形があり、またオランダやイタリアといった欧州の躍進、ブラジルのスモールボールらを見ると、”世界の個性”は多様であることを再認識させられる。

責任を感じている内川選手にぜひ、渡したいものがある。それはもちろん、「バナナ」である。そこにサインを書いてみて、"幸運のバナナ"に変えてもらい、「進化するベースボール」を今後も楽しんでいただきたいものであるし、二年後の新国際大会「IBAFプレミア12」(仮)や、四年後の第四回WBCでの巻き返しと、さらなる進化を楽しみたいものである。


・WBC (NPB公式サイト)

 

・WBC 2013 Official

 

・WBC.JP




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